江戸料理

いわゆる戦国時代が終焉し世界的にも例を見ない約300年ものあいだ繁栄した江戸時代。
この時期は多くの文化の歴史的な発展に伴い、料理技術も次々に開発、
工夫された時代でした。
たとえば「田楽」。始まりを遡れば永享だが、
素材に塗る味噌としての発展は江戸で工夫されたものである。
文明開化から戦争、終戦、復興と、時代の移り変わりの中で昨今では奇妙に見えるもの、優れていたものでも日の目を見ることのない調理法など。
それらを試行錯誤、再現することも江戸肉割烹を名乗る当店の役割かもしれません。


囲炉裏端(台所)の鍋から、座敷に七輪や鍋を持ち出して食べるようになったのは、
文化が爛熟した江戸時代後期のこと。
江戸初期の町家造りの文化では、すすや煙が嫌われたことから
台所と食事をする場所は切り離されていたからです。
火床が薪から木炭を使用するコンロへと進化し、
塩と味噌主体だった調味料に醤油やみりんが加わり鍋料理が確立されていきました。
囲炉裏(台所)にかける大鍋に対して、食卓に持ち出す鍋を「小鍋膳立て」といい、
「小鍋仕立て」と略され「鍋料理」と変化しました。
この手軽な「小鍋仕立て」が登場してから「江戸の食い倒れ」という言葉が
表すような庶民が食を楽しむ時代になり、また鍋料理も発展しました。

築地界隈

江戸時代はいわゆる場末的な場所だった銀座・築地。
現在の築地市場は軍艦操練所でした。
明治元年になるとこの界隈は外国人居留者を目当てにした新島原遊郭がありました。
その遊郭が吉原に移転された後に、劇場新富座が開場されました。
大正12年の関東大震災により廃業となるまで、
この場所は多くの芸事を目指す人々や、観客達の出入りがありました。
その震災後には魚河岸が築地に移転され、それ以降現在まで、
当時のままの賑わいを残しています。

History

It is said that Edo dishes, in which great importance was placed on the freshness and origin of the foodstuffs, were generated under these circumstances, thereby establishing the core and elements of today's high-class dishes together with honzen ryori (formally arranged dinners) that set the precedent for nihon-ryori being a course meal that starts with hassun (a relish) and kuchitori (a side dish).


When nabemono is cooked at the table, the cooking pot is placed atop a portable charcoal hibachi burner at fancier places. If you're helping with the cooking, generally meats。The dish is frequently cooked at the table, and the diners can pick the cooked ingredients they want from the pot. It is either eaten with the broth or with a dip(raw egg). Further ingredients can also be successively added to the pot.


In 1657, Edo (Old Tokyo) was devastated by the Great Fire of Meireki, and the Tokugawa shogunate decided to fill in the coastal area of Edo. Using advanced civil engineering, the land was reclaimed from the Tokyo Bay and named Tsuki-ji (築地), which literally means "constructed land. " The place used to be quiet with only shrines and homes for Samurai. Then in 1923, the Great Kanto Earthquake destroyed much of central Tokyo, including the Nihombashi Fish Market. The fish market was then relocated to the Tsukiji District and began its operations in 1935, making Tsukiji a prosperous and bustling town. As Japan enjoyed a major economic growth in the 1980s, people all over the world became interested in the Japanese cuisine.

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